ぬか床に教えられる
千束は1階がぬか床販売、2階が食堂の小さなお店。
毎日11時半の開店と同時に、素朴なぬか床料理目当てのお客で満席になる。
会計時に目ざとくオーナーである下田敏子さんをつかまえては、ひとしきりマイぬか床談義に花を咲かせる主部のお客も多い。
乳酸菌醗酵で栄養価が増した旬の野菜をサラダ感覚で食べるのが千束流。
敏子さんはその日の天気を見ながら温度や湿度を頭に入れ、野菜を何時間何分漬けたら再考の状態になるかを考える。
「店でぬか漬けを出す時間は決まっていますから、寒いときには毎日朝いちばんに漬けるし、夏場はなるべく遅い時間に漬ける。いちばんおいしい状態で食べてもらいたいんです」
それもこれもすべて母親から引き継いだ教えだといいながら、敏子さんは容器のふたをあける。こうばしいぬかに乳酸菌が織り成す豊潤な醗酵香。
ぬか床の変幻に一喜一憂しながら季節を感じ旬を楽しむ、古くて新しいクリエイティブなライフスタイルがここにある。
ぬか床との出会い
敏子さんが、本当の意味でぬか床と出会ったのは高校生のとき。
母親の入院時に任された世話を怠ってしまい、樽の中のぬか床を変色させてしまった。それでも祈るような気持ちで掘り起こしてみると、そこには種菌の命が黄金色に輝いていた。
その感動があったからこそ今があると、その日の驚きを忘れることができない。
結婚後、自分も受け継いだぬか床のあまりのおいしさに、千束をひらいたのが27歳のとき。
手抜きをしないぬか床料理を母から教わった作法どおりにだしていたら、いつのまにやら行列が絶えなくなった。
そして20年ほど前のある日、日本橋三越の部長さんがテレビで見たといって訪れ、ぬか床を物産展に出してほしいと要請された。
「それまでぬか床は、お分けするものではあっても売り物になるなんて、思ってもいなかったのでびっくりしました。それで商品化することになったのです」
九州大学の微生物学者が敏子さんのもとに通うようになったのもちょうどそのころ。北部九州の家庭に代々伝わってきた乳酸菌郡が、健康増進にも数々の効用をもたらすことが、次々と実証されていったのにも敏子さんは驚いた。
★(「栄養と料理」2007/9月号の千束が特集された文章をそのまま転載していますので、ご了承ください。)