受け継ぎ受け渡す

先祖代々脈々と受け継いだきたぬか床を守る教えは、敏子さんには母親の言葉となって聞こえる。

「これを絶やしてはご先祖さまに申しわけないとよくいっていました。戦時中には、自分の着物と生ぬかを農家でかえてもらい、空襲警報が鳴るたびに種菌を持って防空壕へ逃げたそうです」

そんなに由緒正しいぬか床ならさぞかし世話がたいへんだろうと思いきや、さほど神経質になる必要はないとのこと。

「甘やかすとだめなのは子育てといっしょ。むやみにこねくりまわさないほうがおおらかに育つ。ほうっておいたときに表面にはる白っぽいのは産膜酵母といって、いい酵母菌なので、中に混ぜ込めばいいんですよ。水分は抜くのではなくて、生ぬかを足して調節します」

ただし、生ぬかはぬか床の命といって、生ぬかの質には徹底的にこだわっている。まず、精米して3日以内のフレッシュなのものであること、無農薬であること、食べると「きな粉」のようなおいしいものであること。

いい生ぬかだったら煎る必要はない。そもそもぬか床も大切な食材。食べておいしいぬか床は、酸化し、劣化したぬかからは作れないと敏子さんはいう。

ぬか床は私の娘(宝物)

「ぬか床は私の娘と同じです。人間でいうと高校生までは工房で過ごし、それから福岡のお店に持ってきて成人式を迎え、最後にしつけをしてお嫁にだします。
そして本当にいい味を出すようになる熟女にするのはお客様です。ぬか床は野菜を漬けてかわいがってなんぼなんですよ」

それでも敏子さんのもとには毎日のようにぬか床管理の相談が舞い込んでくる。それがご自身のライフワークとする「ぬか床110番」。
カルテをとって電話でアドバイスをしたり、ときには家庭から持ち込まれたぬか床を診ることも。そもそも敏子さんはわるくなったぬか床を全部捨てるという発想はみじんもない。

「一度嫁に出した娘は責任をもってよみがえらせるのが私の使命。どんなにひどくなった状態でも黄金色をちょっとでも発見できたら再生は可能です。売るのは簡単、教えるのはたいへん。でもわかってくれる人には誠意をもってお話しします。本物を伝えたいからやっているんです」

敏子さんにとって、お嫁に出したぬか床が、元気に育てられ続けることほど大きな喜びはない。

★(「栄養と料理」2007/9月号の千束が特集された文章をそのまま転載していますので、ご了承ください。)